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ごとうせつのひとり言

2006年4月某日 「携帯電話の話」

主人は随分前から、私は52歳から、娘は30歳から、息子は14歳から、携帯電話保持者となる。日本の若者はもっと早くから携帯を使っているようだし、クラスで最後に携帯電話を使い始めた息子はニューヨークでも奥手と言えよう。家には世間並みの電話がちゃんとあるのだから百害あって一利なしの携帯電話を持たせるには、それなりの理由が必要だった。そこで考え付いたのが、次の理由。NYの自宅にいる私以外の家族は学校、演奏旅行、ビジネスと、時差のある把握不能な場所を常にさまよっていて、どこかでいつか誰かが倒れても、すぐには家族に連絡がつかない。私もこの年になって、いつ脳溢血で道でバタンとなるかも知れないし、実家の母が事故なんてことになれば、どんな手段で全員に通知できるか・・・。これでよし、立派な理由が見つかり、晴れて息子に携帯をもたせてやった。

私自身の携帯電話は写真をとる必要もないので最もシンプルなタイプ。契約すると携帯電話器の代金も次月に返金されるというお得なものであった。ところが息子はそれでは納得せぬ。クラスメートの機種を横目で見ながら今まで待ったからには細部にいたるまで長所、短所を入念に調べ上げ、インターネットで買い求めたのである。メールはできる、カパッと開くと女の子の写真、呼び鈴も「君が代」と、私のが実に旧式のものに思える代物。昨日まで、家の電話を使って私の前で友達と喋っていたのに、その日から自分の部屋で長電話が始まる。「お前は電話男か!」とののしっても知らぬ顔。コンサートで地方に出かけ、ボランティアの人が運転してくださっている横で学校の友達とかと延々と喋っている。バカでかい女の子の声がこちらまで聞こえてくる。「龍ちゃん、いい加減にしなさいよ」「わかっている」を何度繰り返したことか。

そうこうするうちに、神も仏もチャンス到来と、彼の携帯をお隠しになった。命綱でも切れたか、血眼で捜す息子の哀れなことよ。「とうとう電話に魂を売った男になったねぇ」とか「God knowsや」(神のみぞ知る)とか。表面的には探すのを手伝うそぶりの私。結局息子の携帯は見つからなかった。私も息子もすでに携帯の存在に慣れ親しんでしまったから始末が悪い。出先から息子の学校の休憩時間に、レッスンの時間が変わったとか、伴奏ピアニストが来られなくなったとか、連絡ができない。授業が終わればさっさと帰宅する息子に、たまにはトラッキングもしたいだろうからお友達と行っておいでよ、とか、やさしそうな思いやりを見せることもできぬ。

反抗も当分やめて、「ねぇ、ママお願い、新しいの買って!」と猫なで声でお願いの連発。「わかった。ママのを使いなさい。ママはなしでいいことにする」と私のを1ヶ月ほど使わせる。そりゃ友達には「なぜお小遣いで買わないのか」と言われるでしょうよ。我が家は、お小遣いというエクストラマネーは一切渡さない主義だし、やっと貯めたアルバイト代は、お腹がすいてクラブ活動まで我慢できないのでスナックを買うのに使ってしまう。大食漢でもありますからね。

「大体、物を大事にしないから無くなったのよ。でも、ちょっと考えてごらん。好きな人の声を聞いたり話したいときに、携帯なんて持っていたら、ボタンを押すだけでできちゃうからお互いの心が薄っぺらになるでしょ。エスプレッシーボとか、アパッショナータがない人間になるのよ」「そうか・・・」と息子は一旦納得したようだ。私も屁理屈的に口からでまかせを言ったが、これまたうまくいったと薄笑い。

ひと月が経ち、「ママ、お願い」がまた始まる。

「ダメだって言ったでしょ。ほんとに必要なママが使わないようにしているんだから。それで十分」

私の携帯をじっと見つめていた息子は、おもむろに、横にいる私にお構いなしに、文字と数字板をはずしだした。それは見る間に四方に飛び散った。残骸は見にくく、銀色のくぼんだ表面にネジの頭みたいなのが乱立突起となっていて、押すと6つのライトがピカッと一度に光るのである。気色悪。

「あ〜ん、こうなっていたのか、なるほど。はい、返します」だと。

こんな物使えるか!突起のどれが1か2かもわからん電話器など。

「元に戻しなさいよ」と冷静に言い放つ。プイと部屋を出て行く息子。ここで負けるか。落ち着いて夕食の仕度にかかる。アレ、龍がどこかでしゃべっている。まあ、あのコンテンポラリールックの携帯でまたまた延々しゃべってるやんか!

また、ひと月が過ぎる。「ママお願い。成績いいでしょ、携帯のこと考えてよ」(大学が決まった子供たちは、たいがい成績は下り気味になるが、龍はそうならなかったので、まるで自慢げに成績表を見せながらのお願い攻撃)「あんたの成績はママに関係ない。そんなこと言う前に、元に戻したママの電話器を返してよ」

元に戻せるはずが無い。だって息子が腹たち紛れにはずした文字盤は次の日掃除機が食べてしまっているもの。ママは一生貴方に新しい携帯を渡すつもりはない。ずっとそれを使い続けるこっちゃ。使うとき、いやでもその携帯の不様な姿を見るでしょ。自分の性格をよく自覚しなさい。腹たち紛れに、ましてや自分のものでないものにあたるなんて、取り返しのつかないことをしてしまう自分をね。

それ以来、私たちはこの携帯を“contemporary lookちゃん”と呼んでいる。

見ようによっては、世界にたった一つのデザインの、自分を写す鏡になっている。朝、通学前、「龍ちゃん、コンテちゃん忘れないようにね」と渡してやる。まだ次の「ママお願い」はきていない。

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